2016年3月29日火曜日

第1回開催前夜(1997.5某日)

準備のため、前夜から会場のホテル(シーモア)に宿泊していました。

準備は完了したのですが、関係者全員がやきもきしていました。
 というのは、ちょうど台風何号かが接近していて、翌日の東京からの
 飛行機(当時はプロペラ機で、午前と午後の2便)が飛べるかどうかは風次第の厳しい天候でした。
 講師の多くを東京から招いていたので、もし飛べないということになれば、プログラムの変更や、極端な場合には、中止もやむを得ない状況でした。

<当時のホテルシーモア玄関>

 第1回(と第2回)は、金・土の2日間開催で、1日目がうまく運営できないと、完全な失敗になってしまいます。
 夜半、何度も起きては白い波の立つ荒れる海を見、ため息をついていました。
 朝になって、ようやく収まりましたが、さて肝心の飛行機が飛ぶかどうか。
 何度も白浜空港に問い合わせ、ようやく1時間程度の遅れで到着するという。
<当時のホテルシーモアのロビー>


 あ~助かったと思いました。「神風」ではなく、「神」そのものでした。
 今思い出しても冷や汗が出ます。

(当時の事務局担当 植谷肇)

2016年3月15日火曜日

コガノイ・ベイホテルでのシンポジウム時代

第7回のシンポジウムから、昼の会場であるBig・Uと夜の会場であるホテルシーモアの交通が不便なので会場を一元化できないか、との要望を受け、1時期、ホテルコガノイベイで開催した時期があったのを覚えている方も多いと思う。

そこでは、入り口からホテルに入ったら目の前に中庭があって、りっぱなブーゲンビリアの木が満開に咲き誇っていた。

<コガノイベイホテルのロビー>
 
シンポジウム会場は、人数が少なめだったが無事開催できた。
<会場の様子>

しかし、危機管理コンテストを実施するためにはLANの設置から会場の構築を行わなければならず、コンテスト担当のスタッフは準備に追われた。

<コンテスト会場の準備>
 
スタッフの努力のおかげでコンテストも無事終了し、3日目に結果報告および表彰式を行った。
 
<コンテストの結果発表>
 
夜の部もちょっと変わった環境で議論ができて、結構盛り上がった。
<官公庁部門のBOFの様子>
 
(臼井義美)
 
 
 
 
 

 


2016年3月14日月曜日

海南リサーチラボ時代のミーティング

2003年ごろ、NPO情報セキュリティ研究所で、海南市の海南リサーチラボという和歌山県の施設に1部屋借りて、白浜シンポジウムの会合でもよく利用した。
<海南市の和歌山リサーチラボ>

この写真は、シンポジウムの企画などを中心に打合せをしていた時のもので、ここに写っているスタッフは、右からRIISの臼井、ISACAの脇田氏、RIISの植谷氏、地元プロバイザで当シンポジウムのHPやメール環境を提供してくれていた(有)サイプレスの西山社長、当時京大の上原先生ら。

<主なスタッフによる企画会議の様子>

このころは、以下の写真のように、県警の井原氏(中央奥)がシンポジウムの運営方針などについて積極的にリードしていただいた。

 <リサーチラボでのミーティングの様子>

また、同じころ、白浜シンポジウのム運営会議は、南海電鉄和歌山市駅に近い市民会館でミーティングを行っていた。

<和歌山市市民会館>

<市民会館での会議風景>

(臼井義美)

2016年3月10日木曜日

びっくりしたこと


第何回のシンポジウムか忘れたが、女性スタッフの1人が、ナイトセッションが終わってゆっくり温泉へ入ろうと、温泉の更衣室で着替えて裸で湯船に向かったところ、「あれ?なんか変だな。」湯船の端っこで誰か寝ているではないか。
「え?、男が裸で仰向けに??、死んでる???」
「ギャー!!」
オタオタオタ。。。
「番頭さーん!」

2016年3月4日金曜日

ナイトセッションの白浜セキュリティモデル

いつのシンポジウムからだったか忘れたが、昼の部は、講師の方にレジュメの公開の可否を確認して取材などへの対応を事前に講師に確認するなどのセキュリティ対策を取るようにした。
ところが、ナイトセッションを含む夜の部のセキュリティをどうするかが難しい課題だったが、この部分のセキュリティ対策に対処すべく、講師控室でトーマツの丸山満彦氏に相談した。そこで画期的なアイデアが出た。

そのアイデアというのは、

「このシンポジウムの夜の部は原則オフレコで公開できない情報も飛び交っているので、どうして発言者の発言内容を守るか、という課題に主催者は応えなければならない。



そこで、夜のセッションに参加する人は、全員入り口で警察の酒酔い検査を受けて、酔っぱらっていない人は入場させないという画期的なセキュリティ対策を実施する。そうすると、もし秘密情報が参加者から漏れても、「しゃべる人も聞く人も酔っぱらっていたので、まともな話の内容は聞けるとは思わない。もし、裁判所に訴えても警察が発表者も聴衆も酔っ払いであったと証明できるので、裁判所でも証拠として採用されないと思う。」というものだ。

 
<夜の部のイメージ写真>

この話を生み出した丸山氏は「めちゃ面白いじゃん」と言ったので、喜んで岡村久道弁護士にその話をした。あんたアホちゃうという目で『臼井さん、それは難しいのとちゃいまっか。」と言われた。ガクッ。。。

<偶然見つけたお2人の写った写真>

確かに、録音された場合は酔っぱらっていても関係ないだろうし、完璧にセキュリティ対策を行うにはもうちょっと詰めておかないといけないなあ。

(臼井義美)

魚の腑分け。。

第15回シンポジウムの時だったか、夜の部が始まるまでに、軽く食事をしようと言って、親しい友達同士で、ホテルシーモアの近くの小さなレストランに行った。

そこで、地元の海で獲れた魚料理を発注してテーブルに魚料理が並んだのだが、参加者の中に当時阪大の野川先生がいて「わしは、医学博士でもあるからね。ここで一発魚たちの腑分けを見せてあげよう」と言って、中でも比較的大きめの魚を相手に、その場で腑分けの実践的指導を始めた。



「え~、これは胃で、これが心臓。。。」などと慣れた手さばきで罪人、もとえ罪魚を解体していった。
 



博士が「は~い。完了!」と言ったので、
皿を見ると、おいしそうだった魚料理が腑分けされて見るも無残な姿に。。。
見ていた仲間は「さすが医学博士!」と褒めたたえた後、
みんなで「さあ、食べよう」と言ったものの、どうも罪も無いのに腑分けされた罪魚が哀れで、参加メンバーはなんとも箸が進まなかった。。。



(臼井義美)